北多摩郡の最古級の私鉄(川越線)

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BLOG 羊 草原

多摩の鉄道沿線(古今御案内)という書籍を読んでいると、冒頭に川越線に関する紹介がありました。川越線と言えば今では大宮から高麗川に向かって伸びる路線を想像しますが、明治の終わり頃の地図では国分寺から川越に向かって伸びる路線に川越線という名前が付いています。経営していたのは川越鉄道、Wikipediaで調べてみると、中央線を敷設した甲武鉄道の子会社だったそうです。したがって、当時の飯田町駅と川越駅までの直通列車もあったというので驚きです。(飯田町駅は現在の飯田橋駅近くに近年まで貨物専用駅として残っていましたが現在はありません)
明治40年の時刻表を見ると、国分寺駅から川越行きの電車は1日に10往復、片道1時間10分ほどかかったそうです。この路線は現在で言えば西武国分寺線と西武新宿線にあたり、同区間は現在では38分程度で移動できます。

当時の地図を見ると、東村山の一個国分寺駅寄りの駅は「をがは」という名前になっています。調べてみると、今の「小川駅」でした。

昭和初期の地図を見ると東村山駅の南西部に区画整備された道路が描かれています。しかし、iPhoneで現在の地図を見てもそのような道路は現存していません。これは東京土地住宅という会社が計画した素晴らしい住宅地なのだそうです。しかし、この東京土地住宅という会社は大正の終わり頃から経営状況が悪化して計画倒れになってしまったのだそうです。計画倒れに終わった道路が当時の地図に書かれてしまったのは興味深いことだと思います。

国分寺と本川越間は2015年に開業120年を迎えたため、クラシックなレッドアロー号を同区間で運転するというイベントも実施されていました。

西武鉄道、 国分寺~本川越駅間開業120周年記念電車に乗ってみた 川越鉄道開業120年を祝して当時の路線を「レッドアロークラシック」が走る

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