目黒は江戸時代から人気のリゾートだった?

当サイトの記事には広告が含まれます

NHKのブラタモリはタモリとNHKのアナウンサーが全国各地のどこかの都市を特集して街中を歩きまわるのですが、普通の旅番組とは全く違います。

何が違うかというと、お土産やグルメ、観光地などを紹介するのではなく、その土地の地形などを通して、その土地がどんな歴史をたどってきたのを解明することが主なテーマになっています。

したがって、番組の内容はとてもマニアックな感じなのですが、意外とライトな感じに仕上がっていて、初心者でもとても見やすい番組に仕上がっているところが魅力です。

そんなブラタモリで先日、東京の目黒が特集されていました。目黒はその昔、江戸時代にはリゾート地だったのだそうです。今でこそ目黒は東京という都市の一角をなす、まったくリゾート地とは程遠い場所ですが、江戸時代の当時は江戸に住む人の数は今と比べると驚くほど少なく、目黒の周辺は自然が豊かだったのでしょう。

そんな中にあって、目黒不動から話が始まりました。まずは水掛不動からの紹介です。こちらの水掛不動で水をかけると、その水をかけた部位の調子が良くなるという言い伝えがあるのだそうです。

また、目黒不動では当時の将軍が鷹狩りにきた痕跡も残っていました。吉祥寺の井の頭公園でも鷹狩りをしていたという話を聞いたことがありますが、この目黒でも鷹狩りをしていたというのは驚きです。特に三代将軍の家光がこの目黒でも鷹狩りを楽しんでいたという話を紹介していました。

将軍が目黒で食べた秋刀魚の味が忘れられず、今でも落語で語り継がれているほか、目黒のサンマ祭りという形で残っています。このように将軍というセレブが鷹狩りで遊びに来るリゾート地という評価が高まったのだそうです。

もう一つは目黒川にかかっている橋の紹介になりました。目黒不動に通じる参道の橋にあたります。行人坂もかなりの坂道で、この坂を登って農産物などが江戸に運ばれました。この急な坂道のある崖という地形がリゾート地となったもう一つの理由です。この崖の上から西方向の展望が開けています。ちょうど富士山が見える方向です。この行人坂の上からは綺麗に富士山が見えたのだそうです。今でもビルの隙間から富士山が見えていました。庶民から大名までが絶景を楽しめることがリゾート地として栄えた理由です。

そのほか40年前になくなったはずの三田用水が防衛装備庁の研究所の中に残っているという話も紹介していました。水道橋が残っています。さらに昭和5年に作られた大水槽の紹介がありました。この水槽は戦艦大和を始め各種の船を作るときの研究に用いられました。水の綺麗さを保つために、太陽光が入って藻がはえるようなことがないよう窓がありません。水の入れ替えすらしていないので、当時の三田用水の水が残っているのだそうです。

今までテレビ番組でこんなことを知ることができるものはなかったのではないでしょうか。とても貴重な番組だと思います。

今度、目黒に行く機会があれば、ぜひ行人坂や目黒不動にも立ち寄って見たいと思います。

コメント